シマシマは空想の生き物ですが、モデルとなったシマシマラクダは実在した魚でした。
「ええっ? こんなのが魚なの??」
それまで私は、魚といえば無愛想でつまらない生き物だと思っていました。
ぷかぷか浮いて、ぼんやりしているだけの生き物に、たいした興味もわきませんでした。
それがシマに出会って、おさかなに対する見方が180度かわりました。
どんなにへんてこな魚だったのか? それはあなたの目で確かめてみてください。
シマシマラクダ。
年齢性別ともに不詳、たぶん魚。この奇妙な生物が家に来て3年ほどになる。
生まれは東京湾。釣りに出かけた父が連れ帰ってきた魚たちの、唯一の生き残りだった。
小さな体がクーラーボックスの低温にどうして耐えられたのかわからないが、
とにかくシマは生きていた。
その後、死んだと思われて流しに捨てられるものの、妹に救われて現在にいたっている。
体の大きさはちょうど人差し指くらい。
名前の由来でもある灰色と黒のシマシマがチャームポイントだ。
その姿形はたとえるならば、ウーパールーパーがかなり近いと思う。
金魚やアジのような体の丸みはなく、薄い。
ヒレの他になぜか手(?)がついている(しかも先が2本に枝分かれしている)。
あくびをすると目のしたまで口が裂けて、ジョーズのような鋭い歯が見える。
性格は神経質かつ好奇心旺盛。
私がシマの方を見ようとすると、シマは敏感に視線を感じとって、貝のすきまに逃げてしまう。
誰かに見られていないかと絶えず目をキョロキョロさせているのである。
かと思えば、人が水そうの前に来ると住処(すみか)から飛び出して誘うように泳ぎ出すし、
いたずらで指を突きつけてみても、引っ込んですぐに現れる。
ある時はエサとしてあげたはずのゴカイ(イソメの仲間)がなぜか水中を泳いでいて、
シマはぽかんと口を開けたまま不思議そうに見上げていた。
そんなシマも我が家に来てほぼ3年。
小さな頭でいろいろと思うところがあったらしく、その行動も歳月とともに変化してきた。
まず、食生活がバラエティ豊かになった(父は私が雑食に強制改良したと言っている)。
海から来て間もない頃は好物のイソメ――外見はミミズ――とぶどうパンしか食べなかったが、
最近では豆腐やタマゴも口にする。
まあまあ好評だったのは、ミスタードーナツ、桃、肉じゃがの大根、ふりかけのタマゴなど。
刺身のそえの大根は口にはいれたものの、まずかったらしく、一度かんで吐き出してしまった。
煮物にしてあれば食べるのに、なかなか味にうるさいようだ。
味にうるさいと言えば――シマは口に合わない食べ物を捨ててしまうことがよくある。
食べたのかな?と水そうをのぞきこんでみると、口にくわえ、つぼの外に吐き出していた。
しかも人目が届かないつぼの裏側に、である。ゴミと化したエサがゆっくりと落ちていく様を
のんびり眺めているシマ。その現場を目撃して「もう何もやらん」と思ってしまうのは、
ごく自然な人情であろう。
いくら雑食になろうともイソメが好きなのはあいかわらずだ。
しっぽの先をちょん切ってやると、立ち泳ぎで水面まで取りに来る。
エサをキャッチすると、出来るだけ人の目につかない場所にいって
静かに食事をする。魚の生活にプライバシーの存在をかいま見る一瞬だ。
大嫌いな家の掃除もようやくなれてきたようだ。
以前は水そうを洗うとスネてしまい何日も出てこなかったが、今では1時間とかからず立ち直る。
ただ神経が図太くなったせいで、態度もでかくなったのは問題だ。
傷付いたキス(天ぷらでおなじみの魚)をしばらく一緒に入れておいたら、
なんとかくれていじめていたのである。
私は見てしまった……。
つぼの影から水そうの近くに人がいないのを確認。
キスの横腹に鋭い歯でかみついて、素早く退却。
人の目を気にしつつ攻撃を繰り返す。私たちがおどかして追い払おうとしても、まったく動じない。
この時私はシマシマラクダのしたたかで陰険な一面を知った……。
さてここで、シマシマラクダの日常生活を紹介したいと思う。
おさかなの朝は早い。私が起きていって、シマが寝ていることはまずないと言っていい。
私の姿を見つけると住処を出て――あるいはその前から――水面をゆらゆらと泳いでいる。
あの小さな体のどこにそんなエネルギーがあるのか、シマは水そうの上下左右を自由に泳ぎまわる。
ここで時間とエサがあればご飯をやるが、たいていは朝の忙しさに忘れてしまい、
シマは夜まで待つことになる。
朝の一時が過ぎて、ようやく静けさが戻ってきた。
シマはほっとし、テレビから流れてくるワイドショーや連続ドラマの再放送を聞きながら、
朝の運動で疲れた体を休める。
昼には出勤前の父からイソメがもらえることもある。
午後は昼寝の時間だ。貝の奥に姿をかくし、眠りにつく。
しっかり横になるところが人間ぽいが、目は開いたままである。枕には小石を使用。
そして日が暮れた。この家の人間は夜になると元気になるので、シマも大変だ。
誰かが水そうの前を通りかかれば、愛想をふりまき、遊びに付き合ってやらなければならない。
その報酬というわけではないが、エサもちゃんともらえる。
夜中の12時前後で消灯。長い1日が終わる。
ここ最近のシマはいたって活発だ。水中を上から下に行ったり来たりしている。
私が手をたたくと嬉しそうにスイスイ踊る。
お隣さん(※隣の水そうです)のダボハゼが1日中ぐったりしているのに対して、
シマは本当に生き生きとして元気だ。
だが――そんなシマにもひとつだけ悩みがある。
彼(彼女かもしれないが)は持病を抱えているのだ。
思えばあんなに飛びまわっているのも、
痛みをまぎらわすためだったのかもしれない。
そう、なにをかくそう彼は痔(ぢ)なのだ。
エサが悪いのか、人工海水がいけないのか、はたまたストレスからか。
私自身なったことがないのでなんとも言えないが、なにしろ年中赤い。
本人はすました顔で愛想をふりまいているが、実際のところはどうなのだろうか。
ところでこのシマシマラクダ、いまだに正体がわからないのだ。
ハゼかギンポの仲間だと思って図鑑をめくってみたが、ピッタリする魚は載っていなかった。
もしも新種で100万以上の価値があれば、迷わず売却する……わけないが、やはり気になる。
これを読んでシマの正体がわかった人は、ぜひとも教えてほしい
(※注:これを書いた当時の話です。その後正体が判明しました)。
世にも奇妙な魚についての話は以上である。
ここまで読んでみて「そんな魚、本当にいるのか?」と思われている方もいるだろう。
事実、シマの話をしたり書いたりして、「それ、魚か?」と言われたことが何度もある。
ここでも念のために断っておくと、もちろんノンフィクションである。
最後に、私はこの原稿を我が家の3匹の魚たちに捧げたいと思う。
砂にもぐってばかりいる臆病なキス君、高齢にも負けず精一杯生きているダボ、
そしていつも元気なシマへ。
ありがとう、そしてこれからも末永くよろしく。
(この数年後、海に帰ったキス君以外の2匹は永眠しました。どうか安らかに……)
――完